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年年歳歳・・・ As time goes by.
年年歳歳花相似(ねんねんさいさいはなあいにたり)
歳歳年年人不同(さいさいねんねんひとおなじからず)
とは、マスター・キートンこと、タイチ・キートン・平賀の父、平賀太平氏の言葉。
本日仕事先で出逢った人から・・・
「ガン見してていいですか⁉️」
↓
「見学してていいですか?」
古鉄が欲しいと言っていたのであげたら
「これ❗ガチの鉄ですかっ⁉️」
↓
「これは本当の鉄ですか?」
言葉って時代とともに変わるんだなぁ~~と思いました。
As time goes by.
時の過ぎ行くままに・・・。
新鮮でした。m(_ _)m
遊牧民について。

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ステップ・ウォーリアー(たぶんスキタイ)

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モンゴル騎兵
実はその昔、ヨーロッパよりもアジアの遊牧騎馬民族の方が古く、馬の扱いにも長けていたのではないか??
とのいつもながらの思いつきで、遊牧騎馬民族についてゆる~く調べてみました。
いつもながらの思いつきの切り口ですので、話しが支離滅裂になりますがお許しを。
m(_ _)m
駒場学園では歴史の授業が無かったので、大変新鮮でした。
ウソです。m(_ _)m
歴史の授業の記憶が無かっただけで、歴史の授業はあったと思います。m(_ _)m💦
その昔、ユーラシア大陸の草原地帯(ステップ)を利用して遊牧民や遊牧騎馬民族がいました。
一番大きかったのはモンゴル帝国で
モンゴル帝国の地図(クリック)
1241年のポーランド・ドイツでのワールシュタットの戦いでモンゴル軍が退却するまでは
世界の陸地の1/4、世界人口の半数以上をモンゴルがしめていたそうです。
ちなみに、ワールシュタットの戦いでの退却は敗走ではなく、皇帝オゴデイの死による跡継ぎ問題のための帰還らしく、このときもし、皇帝オゴデイが死んでいなかったらモンゴル軍はさらに西ヨーロッパまで侵攻していただろうと言われています。
すなわち、イギリスもアジアンになっていたかもです。
何故にそんなにモンゴル帝国は強かったのでしょうか??。
かなり野蛮で、奇声を発していたからです。
か?。
遊牧騎馬民族と定住農耕民族では圧倒的に遊牧民の方が有利です。
遊牧民はテントでの移動生活をしているので、本拠地が無い、あるいは分かりづらく、不利になると撤退移動が可能ですが、畑と家を持っている農耕民族はなかなか移動ができません。
また、これは私見ですが、当時の価値観として、略奪や殺生は普通の行為だったのだと思います。
遊牧民として有名なのは現ウクライナあたり発祥のスキタイと、モンゴル系の(トルコ系かも?)匈奴(きょうど)です。
どちらも歴史が古いせいか文字や記録がなく、スキタイはギリシャの歴史家ヘロドトスが、匈奴は漢の歴史家司馬遷(しばせん)がそれぞれ歴史書に記したことからその存在がわかったものです。
なので、「スキタイ」とはギリシャから見た呼び方で、当の本人達は自分たちのことを「サカ」とか呼んでいたそうです。
「ジャパン」と「日本」の関係。
どうでも良いことですが、
「司馬遷には遼か(はるか)に及ばない」とのことで司馬遼太郎としたそうです。ペンネーム。
さらにどうでも良いことですが、
三大喜劇王・ダニー・ケイ → 谷啓(がちょーん)
米国ミュージシャン・クインシー・ジョーンズ
→ 久石譲
広い草原地帯を馬に騎乗移動することにより、情報伝達や統制が取れ、帝国を維持できたのでしょう。
当時(モンゴル帝国)での馬の移動は1日200kmできたとか、人や馬を駅で乗り換えたら1日300km移動、1頭での最高移動記録が1日311kmだったとか。
ちゃんとアイシングとかしてたのだろうか・・・
(-_-;) すげーな。
また、騎馬兵17騎に対して歩兵2,000人。
草原地帯を伝達に走る武装した金朝の騎兵17騎、それを知った北宋軍が2,000の歩兵を使って捕らえようとしたらしいのですが、17の騎兵はただちに左、中、右の3隊に自らを小分けし、中央に7、左右両翼に5騎ずつ。
このささやかな3隊は駆けめぐり、射たて、敵陣を撹乱し、2,000の歩兵はなすすべもなく潰走し、17の騎兵は無キズだった。
との記録があるそうです。
騎馬遊牧の三大要素として、羊飼養、騎馬、牛車とありますが、たとえば、人が1人、徒歩で100頭の羊🐑の飼育が可能ですが、騎馬で管理すると1人で1,300頭の羊🐑の飼育が可能とのことです。
人類は馬と出逢ったことで、広範囲の移動、重い荷物の運搬、農耕、牧畜と様々な文明、文化を発達させ、手に入れることができました。
戦いもね。
今でこそその活躍の場はエンジンに取って変わられしまいましたが、化石燃料を使わないクリーンエネルギー兼肥料製造者として見直されないかな~と、個人的に願っております。
石油が枯渇すれば、馬の時代が再び。
(  ̄▽ ̄)
For want of a nail.
イギリスの童謡にこんなのがあるらしい。
釘がないので For want of a nail
釘がないので 蹄鉄が打てない
蹄鉄が打てないので 馬が走れない
馬が走れないので 騎士が乗れない
騎士が乗れないので 戦いが出来ない
戦いが出来ないので 国が滅びた
すべては蹄鉄の 釘がなかったせい
For want of a nail ? Mother Goose Nursery Rhymes
For want of a nail the shoe was lost.
For want of a shoe the horse was lost.
For want of a horse the rider was lost.
For want of a rider the battle was lost.
For want of a battle the kingdom was lost.
And all for the want of a horseshoe nail.
転写 m(_ _)m
国は滅びてほしくは無いが、蹄釘がなくなることで争いが無くなるなら・・・
( ´△`)
うるさい上にツメが硬い。
お・・・落ち着け。
ちょっとうるさめの馬をとりに馬房に入り、
無口を掛けようとしたら、
無口がひっくり返っていて、
焦った自分に言い聞かせる私。💦
表情 → (  ̄ー ̄)
内心 → 😱 どーなってるの⁉️
お、落ち着け。
焦っているところ悟られるな❗️。
イージーだ。
足元を見られるぞ❗️。装蹄師のくせに。
The tail elevation.
・・・・・・・。
(  ̄ー ̄) ?。
あ。まずいな💦
ん?? ちょっと待って。
大丈夫かも。
「・・ぷすーーー=3・・・」
ほらね。(  ̄▽ ̄)
5勝1負 (  ̄▽ ̄)v
ニュータイプな俺。
何で後肢をトモという??。

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はてさて?何で後肢のことをトモあるいはトモアシというのでしょうか??。
仕事中にテキトーに考えましたが、
たぶん、船の後ろをトモって言うので、そこから発生したのではないかなぁ~~・・・
と、考えました。🤔
正解率65%程度でお願いします。
m(_ _)m
何で船の用語を転用したかといえば、
ギャンブル繋がりです。
うそです。m(_ _)m
恐らくどちらも昔からの乗り物だからではないでしょうか。
有史以前から。
ちなみに、トモとは艫と書くそうです。船の場合。
違っていたらごめんなさい。m(_ _)m
さて、仕事仕事。
土にもぐって考える。
先程更新したので、また今度~~・・・
と、思ってましたが、
書ける時に書いておこうと思い直しました。
下手な絵と字ですいません。m(_ _)m
前々回の投稿で、馬場はカタイ(芝馬場くらい)方が良いと書きました。
砂を入れ換えたばかりの深い馬場や、雨でぬかるんだ馬場のデメリットについての考察です。
あ💦別に砂の入れ換えが悪いと言っているワケではございません。💦
砂の入れ換えは大切なことです。m(_ _)m
前回書きましたが、馬の肢のオートメーション的動きはカタイ地面を前提としていると思います。
蹄踵(テイショウ・カカト)が地面に止まることにより、球節は効率良く体重を受け止めまた、蹄踵が地面に止まることにより、球節を効率良く返すことで馬体を前に進めまることができます。
蹄踵が地面にもぐると、効率の良いオートメーションシステムは破綻し腱や靭帯、あるいは筋肉などに無理がかかります。

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また、後肢にありがちだと思うのですが、
馬場が深いと蹄尖(テイセン・つまさき)が下に向いたまま体重を支え、次のモーションに向かうということで球節あたりが腫れるのではないか?と研修の際に藤平会長から教えていただきました。
間違っていたらすいません。m(_ _)m💦
なるほど、🤔
確かに蹄は蹄底、蹄負面(蹄鉄を着けている面)で体重を支えることになっており、蹄尖が地面に向いたままの骨の配置で体重がかかると指関節面に無理がかかると思います。結果、球節の炎症が起こりやすいです。
馬を登り坂で歩かせるとかなりの頭数が蹄尖しか地面に着かないのがわかると思います。
平坦な路面では目立ちませんが。
私は恐らく背中とかが痛いからトモアシの蹄尖しかつけられないんじゃないかな~・・・と思っております。
以上、土にもぐって考える でした。m(_ _)m
ちなみに、私の考えですが・・・
エビだの、ナカスジ(繋靭帯炎)だのアシが腫れただの、ツメを起(た)たせろ、臥(ね)かせろイロイロ言われておりますが。
痛いのならば休ませるのが一番ではないでしょうか。
睡眠に勝る薬ナシ。m(_ _)m
前回の補足・その前に。
前回の「雨が降るとアシが腫れる」の補足をしようと思いました。
が、
その前に基本的なコトを再度お話ししようかと思いました。
しつこくてすいません。m(_ _)m
馬の肢(アシ)の腫れは浅屈腱の炎症が主で、次いで繋靭帯の炎症が多いと思います。
深屈腱は浅屈腱より太いので、めったに炎症を引き起こすことはありません。
深屈腱が断裂(微細な)をする前に、帯状の薄い浅屈腱が先に断裂し疼痛を訴えるからです。
浅屈腱はいわゆるエビというやつです。
浅屈腱と深屈腱にはそれぞれ浅指屈筋腱、深指屈筋腱という正式名称があり、肢先(アシサキ)の骨には腱が付着してますが、その反対側には筋肉がありその筋肉が緊張、収縮することで肢先の腱が引っ張られ、それに付着している骨が動く仕組みとなっております。
また、腱の伸び率は2~5%とも言われ(1mで2~5cm伸びる)、その伸縮性を利用してゴムバンドやバネのようにエネルギーをため込み弾発力を生み出しているとも言われております。
また、前回もいいましたが、青木先生の若き日の研究で馬は歩き始めは筋肉を使うが、動き始めたらほとんど筋肉を使わずに歩いているという筋電図を用いた結果が報告されており、その事から馬は肢をほぼ自動的に動かしていると言われております。
肢を前に振り出し、伸ばし、体重を支え、蹄を反回させ、また前方に振り出す・・・という繰り返し。
このオートメーションシステムにより馬はあまり疲れることなく遠くまで移動できます。

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図に描きましたが
浅屈腱は第一指骨(繋骨・P1)、第二指骨(冠骨・P2)に付着しており、主に球節の上下運動に関与していると思います。
体重の負荷で降りてきた球節を下支えしショックを吸収しつつ、弾発力を使って元の位置に戻すという。
繋靭帯との共働作業です。
深屈腱は第三指骨(蹄骨・P3)に付着しており、蹄骨の可動に関与しています。
深屈腱が引っ張られることにより、蹄が地面をとらえます。
言い換えると深屈腱の働きにより、馬の肢はツナギの裏側を地面に当てることなく歩いたり走ったりすることができると言えます。
以上、馬の肢先の基本的なことでした。
m(_ _)m
オマケ
Bionic Boots
↑
私は超個人的に、馬の肢はこんなシステムで動いていると思っております。
なんとなく飛節に似てるし・・・。🤔
このブーツはダチョウのアシのシステムを模したそうです。
雨が降るとアシが腫れる。
雨が降った馬場で乗るとアシ(肢)が腫れるのは、きっとこういう感じだからだと思います。
イメージ図はイメージをつかんでもらいやすくするため少々オーバーに描いてはあります。
m(_ _)m
馬は本来カタイ草原で生活してきた動物なので、カタイ地面を前提として肢が半自動的に可動する仕組みになっております。
カタイとカタカナで表記しているのは、カタイイメージがわりかし曖昧だからです。
私としては草原や芝馬場くらいのカタサのイメージです。
「馬の肢が半自動的に可動する」というのは関東装蹄師会が主催している青木先生の馬学講座を聴いていただいている人は納得していただいていると思います。
平たく言うと、雨が降って水捌けの悪い馬場では球節が過度に沈下し、浅屈腱に過度の負荷がかかり、屈腱炎(いわゆるエビ)になってしまうということです。

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腱は健康な馬であっても微細な損傷と回復を繰り返しており、過労や加齢、度重なるストレスなどでその修復バランスが崩れて発症すると思います。
雨の日は老齢馬はなるべく控えるとか・・・
なるべく固そうな場所を選んで走らせるとか・・・
乗り終わったら肢を冷やしてあげるとか・・・
が良いかと思います。m(_ _)m
蹄踵の沈み込みを軽減させるため、エッグバーや長い鉄尾が有効ですが、少し良くなったからとまた濡れた馬場で乗ると、エッグ部分や長い鉄尾が馬場からの蹄の抜けを悪くし、かえって逆効果や落鉄の原因となります。
もし屈腱炎になってしまったら、しっかりした休養、アイシング、固く(コンクリートやアスファルト)平らな路面での曳き馬がヨイかと思います。
m(_ _)m
