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第29回関東装蹄師会総会
令和8年3月7日に関東装蹄師会の総会が正会員数53名、出席者数18名、委任状数29名により行われました。
昨年の事業報告、収支決算報告、監査報告
本年の事業計画、収支予算、一部人事の変更
について話し合いました。
令和8年スポーツ&アスリートホースセミナーの開催
令和8年2月22日、宇都宮装蹄教育センターにてスポーツ&アスリートホースセミナーが開催されました。
今回は今年の3月31日でセンターを定年退職される森先生のラスト講義、クレイン装蹄師会の金田氏から蹄骨をテーマにした講義。栃木県装蹄師会の大塚氏によるハンズオンクリニックといった内容で行われました。

今回ラスト講義となる森先生から蹄の解剖学、最近の論文紹介をまじえながらわかりやすく解説していただきました。

講義終了後、森先生へ関東装蹄師会鮎澤会長から御礼品が贈呈されました。

金田氏から蹄匣内部における蹄骨配置を予想するための外貌指標の検討及び、蹄の外貌指標を用いたPA評価に基ずく跛行率との関係を解説していただきました。


今年から全国装蹄競技大会の装蹄競技新蹄鉄となる後肢連尾蹄鉄。

大塚氏による後肢連尾蹄鉄の詳しすぎる造り方を説明していただきました。
1月24日に関東装蹄師会主催ね馬学講座が行われました。今年のテーマである「高齢の馬たちの管理について」と「馬の飼育管理について」を、山本先生と天谷先生にお話しいただきました。そして短い時間でしたがサプライズとして、青木先生にもお話ししていただきました。
先生方、この度はありがとうございました。

第76回全国装蹄競技大会
宇都宮市の装蹄教育センターにて第76回全国装蹄競技大会が開催されました。関東装蹄師会からは4名の選手が参加しました。
惜しくも優勝とはなりませんでしたが、関東装蹄師会所属の深水麟太郎選手が総合3位、装蹄部門1位となりました。おめでとうごさいます。




合同ハンズオンクリニックの開催

9月13日土曜日、合同ハンズオンクリニックが開催されました。
今回も、宇都宮の装蹄教育センター様にご協力をいただき全国装蹄競技大会に向けた造鉄、装蹄判断、装蹄を行ないました。いつもありがとうございます。

午前中は07タイプ、連尾蹄鉄等を各自で制作、ライバルのテクニックを吸収しあえる有意義な時間になった事と思います。

午後は装蹄判断講習からのスタート、装蹄教育センター諫山先生からわかりやすく講義していただきました。

そして最後は私から、実馬を用いながら装蹄競技のポイントを実演させていただきました。
今回のハンズオンクリニックは全国装蹄競技大会対策の様相ですが、装蹄師に必要なテクニックの基本スペックを高める良い機会になっていると思います。このような機会を利用してレベルアップしていきましょう。
第18回関東、クレイン装蹄師会合同装蹄競技大会の開催!

6月14日土曜日、装蹄教育センターにて、今年で第18回を数える関東装、クレイン装合同の装蹄競技大会が開催されました。

本大会は10月に同会場で行われる全国装蹄競技大会の予選も兼ねており、19名の選手が日頃の鍛錬の成果を競い合いました。
競技種目は装蹄判断、07タイプ後ペア造鉄、全溝連尾と装蹄用左前造鉄の3種目。この3種目の合計点で優勝が決まります。

審査の結果、優勝はクレイン装蹄師会の金田選手の頭上へ!
そして2位は関東装蹄師会の深水選手でした。
大会関係者の皆様お疲れ様でした。今後も装蹄業界を盛り上げていきましょう!

※当日選手、講師として参加していただいた大西先生の作品
素晴らしいですね
令和7年関東装蹄師会新任役員の挨拶に伺わせていただきました

令和7年4月23日に公益社団法人日本装削蹄協会本部様へ
また5月19日は同じく装蹄教育センター様へ
関東装蹄師会新任役員のご挨拶に伺わせていただきました
今後ともよろしくお願い致します
新任のPC係です
2025年4月から関東装蹄師会PC係になりました竹田です。
よろしくお願い致します🙇
『ニコ没』と『会長辞めます!』

『ニコ没』と『会長辞めます!』
ながらく、会長を勤めさせていただいた藤平です。
在任中は、多くの方々に助けられ協力いただきありがとうございました。
ブログということなので、元会長ではなく、個人的な事を徒然と綴りたいと思います。
子供の頃、国語の教科書に「近代郵便の父」と言われた前島密の伝記がありました(1円切手のおじさんです)。
その中に今で言う郵政大臣を辞めた後、他の政治家から、また別の大臣をやればいいと言われたときに、前島は
誓って兄弟の血はすすらない、税金で飯を食おうとは思わない。
と、言い放ったといいます。
自分のやるべき仕事をやっただけなので、それ以外は、必要なし恩恵は要らないということだと思いますが、私はそのような生き方をしたいと当時強く感じました。
私としても、会長期間中、目標としていた、装蹄師が獣医さんや管理者、ライダー等とコミュニケーションを取る場や、道をそれなりに作れたと思います。
それに、1人の人間が長く権力を握るべきではないと考えるので、長すぎた位だと思います。
なので『会長辞めます!』に至りました。
これからは、個人として装蹄師として、ニコニコして没落していく『ニコ没』を若い人たちに見せていくのが仕事だと考えております。
ですので、皆様も私の終活を見守ってもらいたいと思います!
最後になりましたが、これからも会長の鮎沢を始め、関東装蹄師会
をよろしくお願いいたします。
皆様の、幸せと馬達の幸せをお祈りしつつ、擱筆したいと思います。
藤平 克彦
謎スイッチ。

高校1年の時に初めて曲げた蹄鉄
私は私立駒場学園高等学校出身の装蹄師です。
その昔は、装蹄師になる為には、日本装蹄師会が主催する長期講習(半年)、短期講習(1ヶ月?)、そして、駒場学園高等学校・装蹄畜産科・装蹄コースを卒業(3年)する。という3通りの装蹄師資格の取り方がありました。
私立駒場学園高等学校とは、元を辿ると旧陸軍獣医学校に端を発し、獣医部門は日本獣医畜産大学(現日本獣医生命科学大学)となり武蔵境へ、装蹄部門が駒場(地名)に残り駒場学園高等学校となったと聞いております。
現在も母校、駒場学園高等学校は渋谷にほど近い世田谷区にあるようですが、私としましては男臭くもなく馬臭くもない駒場学園には興味がありません。共学になって羨ましくはありますが。
私は中学時代勉強もせず、ムツゴロウさんに憧れる少年でした。
中学校の先生には「藤田君の学力では都立(公立)高校の受験は無理です。」と言われ、父親が駒場学園の普通科の卒業生というコネを使って、当時教頭先生であった岩根先生に父が懇願してバカ息子を入学させてもらいました。そう、私は駒場学園に裏から入ったのです。
そんな私でしたが、駒場学園で
力の門田、技の服部、知恵の青木、糸岡先生、中根先生と、先生方に育てられ馬を通して学ぶ楽しさを知り、バブルと両親のお陰様も相まって大学に進学する事ができました。
そう、私は裏から入学して、進学率を押し上げて表玄関から堂々と卒業した駒場生なのです。✌️(当時は駒場は卒業しましたが、装蹄師になるとは思ってもいませんでした。)
〜ザキヤマ君(仮名)の話し〜
同級生にザキヤマ君(仮名)がいました。
彼を簡単に表現すると、ジャイアンにゴルゴ13の目をつけてドラえもんくらいの大きさにしたヤツです。
入学当初は声も大きく、クラスの注目を集めていましたが、彼の天下は2週間と持ちませんでした。
人は彼を速すぎた男と呼び、知ったかぶりとホラ吹きの二刀流を使いこなし、残り2年と11ヶ月はイジられキャラでした。
卒業以来会っていませんが、恐らく大泉学園あたりで飲んだくれていると思います。
そんなザキヤマ君(仮名)が駒場の卒業式後の打ち上げで珍しく私に良いことを言ってくれました。
たぶん彼にとって、もう、これ以上の名言は出ていないと思います。打ち止めです。
卒業式が終わり、装蹄コースと馬術部の卒業生が集まり、新宿のサントリー館の当時では珍しいカラオケ付きのパーティールームで(昭和は高校生の飲酒はオッケー👌でした。)、
K田先生がニコニコしながら
「おうおまえら❗俺の前でタバコすってみろ‼️。」
で、半分くらいのヤツらがタバコに火をつけたその会の終わりに、
ザキヤマ君(仮名)が私のところにツカツカと寄ってきて、
「藤田ぁ〜(酔っている)、俺には大学に行くような友達はいね〜。お前は俺の誇りだ。こんな俺にも大学に行ったダチがいるんだぜって言うんだ。頑張ってくれよ。ウッシッシ・・・」
ザキヤマ(仮名)、お前(にしては)良いこと言ったな〜(こっちも酔ってる)。
謎スイッチが入った瞬間でした。
そんなワケで、装蹄の事を、ザキヤマ(仮名)に分かりやすいようにと意識しながら(当人は何処で何をしてるかは知りませんが)当ブログを書いておりました。
きっとこういうことが伝わりづらいかな~?とか、こんな事書いたら興味を持ってもらえるかな〜?とか。
2014年から拝命を受けておりましたPC係(インスタも)を退任することとなりました。
読んで頂いていた皆様に感謝いたします。
今後も装蹄学と解剖学とを擦り合わせるべく努力したいと思っております。それは本当に装蹄のせいなんですか?と。
相手は馬という生き物で、ゴールは遥か彼方だとは思いますが、ザキヤマ君(仮名)の思いに恥じぬよう草の根の装蹄師の力になれるよう少しずつ匍匐前進で僅かでも真実に近づけるようにしたいと思っております。
ありがとうございました。🙇
おしまい。
