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第73回 全国装蹄競技大会

2022年10月17日(月)
栃木県宇都宮市にあります
公益社団法人 日本装削蹄協会
装蹄教育センター 
におきまして、

農林水産祭参加
第73回 全国装蹄競技大会
が行われました。

関東装蹄師会からは
平野大純、武藤涼、大和凌太の3選手が参加しました。
佐藤さんと私は競技委員としてお手伝いさせていただきました。

コロナの影響で3年ぶりの開催で、今年は無観客かつ、講習生の造鉄、報奨授与式は割愛となりました。

午前は造鉄競技と装蹄判断競技
午後が本戦、全溝連尾造鉄と前肢用新標準蹄鉄(07)造鉄及び装蹄競技が行われました。

3年ぶりの全国大会ということもあり、観客こそおりませんでしたが気合と熱気に包まれ、アクシデントもなく無事に競技を終えることができました。

競技の結果こちらのホームページから
競技大会結果

最優秀賞 北海道日高装蹄師会 大東正史 
優秀賞  JRA装蹄師会 池田駿一郎
3等賞  JRA装蹄師会 福藤豪

種目別優勝者
単独造鉄競技種目 NAR教養センター装蹄師会
柴田将史
装蹄競技種目 同 柴田将史
装蹄判断競技種目 JRA装蹄師会 池田駿一郎
(敬称略) 

選手の皆様、日本装削蹄協会・装蹄教育センター、JRA、競技委員及び関係者の皆様お疲れ様でした。

来年はコロナの影響が無いことを願っております。

私個人の感想としましては・・・
競技委員としてルールの勉強不足に反省、と、
担当した3号馬が人懐っこくて可愛かったことです。
ちなみに3号馬は蹄が大きく(カークハート4号)造鉄と装蹄は大変そうでした。😌KWPN。

ないないない・・・。

あれれ?
無い・・無い・・無い・・・。
昨日の現場に落としたか??。

と、左手に握りしめた
釘締め用のヤスリをしばらく探す長月晦日の朝。

秋だねぃ。😔

今月のオススメ♪

今月のオススメです♪。
ハエにお困りのクラブにオススメ♪です。
ムシ獲り

合同競技会開催

平成4年7月30日(土)
宇都宮・装蹄教育センターにおきまして
クレイン・関東 両装蹄師会合同競技会(全国大会予選)が行われました。


クレイン装蹄師会 7名
関東装蹄師会   3名  計10名


競技内容
第一競技 07タイプ 後肢ペア 25分
第二競技 連尾&07タイプ前肢(ヤスリ有り) 45分

二班に分かれての競技でした。


優勝 後藤装蹄師(クレイン)
2位 武藤装蹄師(関東)
3位 伊藤装蹄師(クレイン)


午後は羽石装蹄師(クレイン)による
山田武男式鎌形蹄刀制作法をやっていただきました。

開催に向けて尽力していただきました下村センター長を始めとする教育センターの皆様、クレイン装蹄師会の皆様、関東装蹄師会競技役員の皆様ありがとうございました。

暑い中で頑張った選手の皆様お疲れ様でした。
🙇

そんな体(てい)で・・・。

おりゃっ❗❗
と、お腹のアブを叩いたら逃げられた。
ウマは (゜ロ゜)❗❗ ってなってたから、

悪いな~~と思って、
落とした体で・・・
墜ちたアブをバシっ❗と踏んだ体で・・・
脅かしてスマン、仇は取ったぞ・・・体で・・・。

暑くなると、たまに、
なにやってんだろう??俺?。
と、思う時がある。

アブと嘘つきには気をつけて。👍
ちがう💦
アブと暑さには気をつけて。👍

ホームページについて。

関東装蹄師会のホームページの事業所一覧を更新いたしました。

該当事業所のかたは間違いが無いか確認をお願いいたします。
m(_ _)m

ば、ばーか、ちげーよ。💦💦

ば、ばーか💦 ちげーよ、ちげーよ💦

あれは、走「られ」てたんじゃなくって、
あれは、走「らせ」てたの❗❗

・・・な~んて言ってたヤツはとっくに敵に射られて根絶したのでしょうね~。
(  ̄ー ̄) b

遊牧騎馬民族といえど。

雨の日はしょーもないことが頭をよぎる。

先日も申し上げたように、現在私は遊牧騎馬民族に少しハマっている。

ふと考えた。

遊牧騎馬民族といえど、30万からの兵の中には走られてるヤツとかいたのではないか??。と。
🤔

走られて落馬したら命取りだな・・・とか。

走られた方向が自陣ならばいいけれど・・・
敵陣目掛けた場合・・・
😱😱😱

なんて勇敢な‼️(゜ロ゜)💦❗❗
あいつスゲーな❗ とか。

乗馬の際には走られないようにしないとね~。
と、思いました。 m(_ _)m
さ、仕事、仕事。

年年歳歳・・・ As time goes by.

年年歳歳花相似(ねんねんさいさいはなあいにたり)
歳歳年年人不同(さいさいねんねんひとおなじからず)

とは、マスター・キートンこと、タイチ・キートン・平賀の父、平賀太平氏の言葉。

本日仕事先で出逢った人から・・・

「ガン見してていいですか⁉️」

「見学してていいですか?」

古鉄が欲しいと言っていたのであげたら
「これ❗ガチの鉄ですかっ⁉️」

「これは本当の鉄ですか?」

言葉って時代とともに変わるんだなぁ~~と思いました。

As time goes by.
時の過ぎ行くままに・・・。

新鮮でした。m(_ _)m

遊牧民について。

DSC_1296


ステップ・ウォーリアー(たぶんスキタイ)

DSC_1297


モンゴル騎兵

実はその昔、ヨーロッパよりもアジアの遊牧騎馬民族の方が古く、馬の扱いにも長けていたのではないか??
とのいつもながらの思いつきで、遊牧騎馬民族についてゆる~く調べてみました。

いつもながらの思いつきの切り口ですので、話しが支離滅裂になりますがお許しを。
m(_ _)m

駒場学園では歴史の授業が無かったので、大変新鮮でした。
ウソです。m(_ _)m
歴史の授業の記憶が無かっただけで、歴史の授業はあったと思います。m(_ _)m💦

その昔、ユーラシア大陸の草原地帯(ステップ)を利用して遊牧民や遊牧騎馬民族がいました。
一番大きかったのはモンゴル帝国で
モンゴル帝国の地図(クリック)
1241年のポーランド・ドイツでのワールシュタットの戦いでモンゴル軍が退却するまでは
世界の陸地の1/4、世界人口の半数以上をモンゴルがしめていたそうです。
ちなみに、ワールシュタットの戦いでの退却は敗走ではなく、皇帝オゴデイの死による跡継ぎ問題のための帰還らしく、このときもし、皇帝オゴデイが死んでいなかったらモンゴル軍はさらに西ヨーロッパまで侵攻していただろうと言われています。
すなわち、イギリスもアジアンになっていたかもです。

何故にそんなにモンゴル帝国は強かったのでしょうか??。

かなり野蛮で、奇声を発していたからです。
か?。

遊牧騎馬民族と定住農耕民族では圧倒的に遊牧民の方が有利です。
遊牧民はテントでの移動生活をしているので、本拠地が無い、あるいは分かりづらく、不利になると撤退移動が可能ですが、畑と家を持っている農耕民族はなかなか移動ができません。

また、これは私見ですが、当時の価値観として、略奪や殺生は普通の行為だったのだと思います。

遊牧民として有名なのは現ウクライナあたり発祥のスキタイと、モンゴル系の(トルコ系かも?)匈奴(きょうど)です。

どちらも歴史が古いせいか文字や記録がなく、スキタイはギリシャの歴史家ヘロドトスが、匈奴は漢の歴史家司馬遷(しばせん)がそれぞれ歴史書に記したことからその存在がわかったものです。

なので、「スキタイ」とはギリシャから見た呼び方で、当の本人達は自分たちのことを「サカ」とか呼んでいたそうです。
「ジャパン」と「日本」の関係。

どうでも良いことですが、
「司馬遷には遼か(はるか)に及ばない」とのことで司馬遼太郎としたそうです。ペンネーム。
さらにどうでも良いことですが、
三大喜劇王・ダニー・ケイ → 谷啓(がちょーん)
米国ミュージシャン・クインシー・ジョーンズ
→ 久石譲

広い草原地帯を馬に騎乗移動することにより、情報伝達や統制が取れ、帝国を維持できたのでしょう。
当時(モンゴル帝国)での馬の移動は1日200kmできたとか、人や馬を駅で乗り換えたら1日300km移動、1頭での最高移動記録が1日311kmだったとか。
ちゃんとアイシングとかしてたのだろうか・・・
(-_-;) すげーな。

また、騎馬兵17騎に対して歩兵2,000人。
草原地帯を伝達に走る武装した金朝の騎兵17騎、それを知った北宋軍が2,000の歩兵を使って捕らえようとしたらしいのですが、17の騎兵はただちに左、中、右の3隊に自らを小分けし、中央に7、左右両翼に5騎ずつ。
このささやかな3隊は駆けめぐり、射たて、敵陣を撹乱し、2,000の歩兵はなすすべもなく潰走し、17の騎兵は無キズだった。
との記録があるそうです。

騎馬遊牧の三大要素として、羊飼養、騎馬、牛車とありますが、たとえば、人が1人、徒歩で100頭の羊🐑の飼育が可能ですが、騎馬で管理すると1人で1,300頭の羊🐑の飼育が可能とのことです。

人類は馬と出逢ったことで、広範囲の移動、重い荷物の運搬、農耕、牧畜と様々な文明、文化を発達させ、手に入れることができました。
戦いもね。

今でこそその活躍の場はエンジンに取って変わられしまいましたが、化石燃料を使わないクリーンエネルギー兼肥料製造者として見直されないかな~と、個人的に願っております。

石油が枯渇すれば、馬の時代が再び。
(  ̄▽ ̄)

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